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杜 昌彦 boosted

 あらら、ありがとうございます。ハードボイルド文学は構造的に紋切り型になりやすく、読了後に得るものが主人公の自己満足だけということが多くて、遠ざかるようになりました。究極的に人生は自己満足でしかないのはわかりきったことではありますが、もうちょっと心を開いてもいいんじゃないかな? と思うようになり、だったら自分でやってみようと書きはじめました。

彼のtwitterを見に行ったらコーマック・マッカーシーのことが書かれていた。なんとなく名前を聞いたことがあるような気がする、という程度で一冊も読んだことがない。インフィニットジェストと青脂を読み終えたら手を出すつもりでいる。青脂はまぁおもしろいといえばおもしろいのだけれど、中学生のときに読んでいたらもっと熱狂できたろうなぁという気がする。ぶざまなクローンの出来損ないが書いたパスティーシュがAIによる模倣そっくりで、しかし統合失調症的な支離滅裂さが本物のAIより若干薄いというか、エンターテインメント的にやや筋が通ってしまっているところが違うというか、しかしそういうものを読んでおもしろいと思える年齢ではなくなった。作品が幼いというわけではなくわたしの感じ方の問題で。

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同時代でほんとうに心から好きだといえる日本人作家は少ない。イシュマエル氏はそのひとりだ。ハードボイルド文体で書くと称する作家は数多くいるけれど、実際にはまったくそのように感じないことが多い。イシュマエル氏は数少ない例外で、といっても別に彼はハードボイルドなんて言葉を使ったりはしないのだけれど、しかしあのような文体であのような小説を書ける作家はほかにいない。去年読んでもっともよかった小説は彼の『暈』と『コロナの時代の愛』だ。前者は主人公を好きにならずにいられないし、後者には泣かされた。いまでもときどき思い出しては涙する。

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そういえばトランプが扇動した騒乱で四人死んだって話の続報がないな。何かと都合が悪いのでうやむやにされたのかも。殉教者に仕立てられかねないもんな。

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権威者に押しつけられた世界を正義とみなしてありがたがり、異なる視点を躍起となって叩くひとたちがいる。そうではなく、自分の見たい世界を自力で構築できるようになればいいと思う。そうすれば異なる世界も尊重できる。だれも自分の視野を持てず、押しつけられたものしか知らないので、拠って立つところが正しくないと困る、という心理から、正しくない可能性を示す逸脱者を叩いて、それで安心しようとする。

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うーん……。坂田靖子さんの漫画に「ひとは自分の読みたい新聞を読むんだよ」といった台詞があったけれど、自分が読んだり書いたりしたい場を選んで、それぞれが交わることのない状態は悪くはないのではないかという気がする。もしそれが完全にひとりひとりが孤立するものであるならば、の話だけれど。煽動者の妄想世界にとりこまれて自分をなくすようではどうかなという気がする。ソーシャルメディアの問題はそこで孤立することではなく絆を強要することであって、むしろ孤立こそが自由であり個を救うと思う。
forbesjapan.com/articles/detai

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gab的なものってほかにもあるんだな。技術的な詳細を知りたい。
ja.wikipedia.org/wiki/Parler

しょうがないので再び有効化。もうちょっとましな方法はないのかなぁ。もっと強烈に一方通行感があって、かつ読みたいものが自動的に流れてきて、かつ閉じているもの。そういうのがほしい。あとMastodonは重すぎる。軽いのがいい。

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ActivityPubプラグインを無効にしたらイシュマエル氏の新作がここの画面に流れてこなくなり、それはそれで不便だと感じた。

杜 昌彦 boosted

 お疲れ様です。先程、短編を寄稿させていただきました。今回は新年一発目ということで、ジェイク・キニスキーを登場させてみました。楽しんでいただけると幸いです。

部屋が暖まったら映画をみよう、と考えていたら結局なにもできなかった

読まれるかどうかとか評価とかを要素に含めてはならない

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出版は自己肯定感のためにやっていて、それは他人を介在させなければ自分でコントロールできるはずのことだ

そのようになりたいかと問われたら、うーん、なりたくはないのだけれど世間はそうしたひとたちの見方であり、そうしたひとたちが社会では正しいとされるので、社会的にまちがった人間(わたし)であるよりは適切な人間でありたい。しかし彼らが正しいとされるのは踏みつけにされた(誤りを押しつけられた)ひとたちがいるからであって、実際には彼らは正しくない。そのように立ちまわっただけだ。そのように立ちまわる方法を知りたいだろうか、よくわからない。他人を苦しめたくはない。苦しめたくないから適切になりたいのであって、適切になるために苦しめるのでは意味がない。

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人格に問題があってもみずからの欠陥を顧みるところがなく、他人のせいにして社会にまかり通る(自分を疑わないからまかり通るし、まかり通るから自分を疑わない)ひとたちは、どうしてそのようにうまくやれるのだろう。そのひとたちとわたしは何がちがうのだろう。異常者である点はおなじなのに、そのことの罰をわたしは受けて、彼らは受けるどころか他人に押しつけ、押しつけられた他人を世間の先に立って批難する。

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オール・トゥモロウズ・パーティーズ

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